2019/08

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
<< >>

スタジオに飲みにと
極々穏やかな日常を謳歌しております。



本当に気持ち悪い、というかわざわざこんな事書かなくても良いんですが、

私、非常にメンバーが好きでして。
それはメンバーとして以上に人として。

まあ見事に皆、何かしら人として欠如してる感じはありますが...

そこも含めて良いなーと思うわけです。

バンドだけでなく各団体それぞれ、
「やり方」と言いますか「方法論」と言いますか、
色々あるとは思うのですが、

私一個人は
「一緒に飲み食い出来ない人とは一緒に何かを成し遂げられない」
という自論がありまして、

音楽的な繋がりや、目的意識を共にするだけでは
一緒に音楽を続けていく事は出来ない人間なのです。

一緒に居て楽しかったり、落ち着いたり、
他愛もない話で盛り上がったり...

だから、スタジオ終わりで
ほぼ毎回飯食いに行ったり、飲みに行ったりしてる現在、
自分のバンドにおける精神状態が非常に良好であると言えます。

特に我々の様に、まだ音楽一本では生活出来ていない人間は
日常生活と音楽をしている時のバランスが非常に重要になってきます。
バランスというか棲み分けと言った方が近いかな。

ようは、
日々生きていく上での、仕事、生活環境、人間関係
それらが、顕著に音楽のすぐ隣にある状態。
その中にあって我々も人並みに悩んだりもする訳です。

これは私たちの様に音楽や表現に携わっている者だけではなく、
多くの人にも、近い事が言えるのでは無いでしょうか。

それぞれに生きていく上での"務め"(この場合家事等も含めて"やらなければならない事")
があり、

それ以外にも自分がやりたい事や楽しみにしている事があり、

それらを取り巻く家族や友人、恋人や配偶者、上司に部下に先輩後輩、
はたまた同士や好敵手、色んな人間関係があり、

その上体調や年齢等...

大小様々な歯車が微妙に関係しあって
毎日はゆっくりと進んでいきます。

その中にあって何か一部分でも不和が生じた場合、
幾ら「切り離している」と思っている事でも、
無意識化に影響を及ぼしていたりするものです。

友人と喧嘩してしまって、その事が気にかかり仕事でミスしてしまった

なんてことよく見聞きしたりしますよね。

で、そういった意味でメンバーが好きというところに立ち返るんですが、

memento森を一つの団体として見たときに、
当然その団体を構成する各メンバーそれぞれに生活があるわけです。

その生活の中で生じた事物に対する関係する距離感が程良いのです。

決してそこに干渉しようとはしないけれど、
ちゃんと悩みを聞いたりするだけの態勢はある。

何か様子がおかしい時は「何かあった?」とは聞くけれど、
本人が言いたくない事は深く穿り返したりはしない。
多少不謹慎な話やお下劣な話でも、咎める事は無く、
「あほやなー!!」と笑いあえる。

この感じ。

バンドはあくまでお互いの個性や感性を出し合うべき場所。(こう書きながらバンド以外でもそうだと思ってます)
そこにあって、自分の個性とエゴとのバランスが本当に大切なんだと思います。

多数派がいつでも正しいわけじゃない。
自分が良かれと思った事でも、相手にしてみたら有難迷惑になってる事もある。
そもそも、倫理観や社会的通念もまさにTPOによって変化することだってある。

だから俺は、能動的に人と関わり、相手を見つめ、
受動的にサポートし合える関係が大好きなのです。

人それぞれ優しさの形はそれぞれあれど、
「はいっ!」と簡単に手渡して終わってしまう優しさより
その人が進んでいく道でふっと思い出し安心できる様な、
そんな優しさを持ち続けたいなーと思うわけです。

ちなみに我々memento森一同が最近優しさを感じた物は、

ライブ前の銭湯

うどん

ゲスな話をしながら食べるラーメン

です。

 

comment