2019/12

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一旦神戸に戻った我々を待ち受けていた、恐怖の一日。

それが、神戸Star Club(以下 スタクラ)の閉店をお祝いするイベント
「O.W.A.R.I.N.A」

正確には経営元が変わり今後もスタクラは続いていくのですが、
今までのスタクラは一旦終わりということで、
昼12時から24時までぶっ通し、かつ飲みっぱなしの
良い意味(?)で地獄の様な一日。

リリースツアーの日程の一日ですが、この日は出演者数も多く、
物販は一切出さず、まさに同窓会の様なイベントでした。

各一組ずつ、今も変わらず活動を続けている奴や、一夜限りの再結成をした奴や、
バンドごと上京してるけどこの日の為に戻ってきた奴や、
全部書いていきたいけれど、それをしてしまうと
この夜においてそれは凄く無粋になってしまいそうなので割愛します。

我々、memento森という団体の名が誕生したのは
このスタクラが同系列だったライブハウスMersey Beat。

他にも、同様によくお世話になっていたBack Beat。
これら三店舗があったからmemento森の現在はあるといっても過言ではありません。

現在、全国区でブイブイいわせてる

黒猫チェルシーも
嬢王蜂も
踊ってばかりの国も
キュウソネコカミも
これらのハコが無ければまた違った形になっていたかも知れません。

それほどこのハコ達は神戸で凄く重要な場所だったのです。

勿論、年月の経過と共に人もシーンも移り変わっていきます。

しかし、確かに「これから何か起こりそう」という神戸の夜明け前において、
これらのハコが尖りまくったパイオニアであった事は、
これから神戸という街がどう変化しても純然たる史実として遺り続けていくべきだと思うのです。

そしてそれは、紛れもなく我々にとってもバンド活動という時間軸における
青春だったのです。
今となっては小っ恥ずかしい笑い話も当時は本気やったし、
それこそ、それぞれのバンドがしのぎを削り合って切磋琢磨(というよりは「誰が一番おもろいか」みたいなとこあったけど)
しながら牙を研いでいたのです。

当時ほど「仲良くもヒリヒリした」空気は中々ないと思います。

そんな青春時代を葬るために当時の狂人達が一同に集うわけですから、
まともな夜になる訳も無く...

ここから先は当日来れた人たちの記憶の中だけにしまっとく方が良いでしょう。

とにもかくにも、素晴らしき爛れた一夜は
無事一人も重傷者を出さずに幕を下ろしました。


一つの歴史が終わり


次は何が始まるのか


俺たちの道のりはまだまだ長い

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