2017/05

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書こう書こうとすると遠ざかるので、思いついた時に書くのが良いなと思い久々にブログを書いてみる。

最近、音楽と旅について考えている。
自身がそもそも毎日の中に「変化」を求めがちな人間(ただの飽き性)なので、昔から漠然と旅をしながら生きたいと考えていた。
しかし、人と何かを共有したいと思うタイプ(ただの寂しがり屋)なので、本格的に旅人となるのは少し不向きかなとも思っていた。

そんな中、音楽をやり始めた時に ライブという表現方法の素晴らしさと、それに伴う必然的な旅、そしてそれがメンバーという仲間と共に続けていける事に気付き、
自分の中での音楽への熱が更に上がった事を記憶している。

音楽は旅をする。
それは旧時代からネットワークが発達した現代も変わらず。

楽曲だけならダウンロードからストリーミングまで様々な方法でどこに居ても楽しめるようになった。
しかし、音楽は物質的に旅をし続けている。

世界中の多種多様な楽団は各地を回り、毎夜演奏をしながらまた次の地へと向かう。
それは、どれほど文明が発達しても温度や質感まではバーチャルでは届けられないという事を意味している。
音楽は時に食事であり、時に酩酊であり、時に恋愛であり、時に悲哀であり、時に眠りであり、時に排泄であり、
全てであり全てでない。
音楽自体は空気の振動であり、旋律やリズムの構成でしかない。
それを生業にする人以外には、どこまでいっても生活の必需品にはなり得ない。
それでも我々は音楽を聴き、笑ったり泣いたり踊ったり叫んだりする。
音楽が鳴っているレストランで食事をし、多くの人は音楽を聴きながら眠り、音楽を目覚ましにする。
形を持たず、触れる事も出来ない。
しかし確実に我々の内側に作用しているのである。

いつも我々は大切なものは直接摂取しなければならい。
結局は口から入るものが肉体を形成するし、薬も体内に入らない事には効果が無い。

我々は今日も旅をする。
正確には音楽に連れて行ってもらっている。
薬の行商人の様に各地を回る、傷薬や中には毒も混ぜて。

イメージする、カリブ海を越えるキューバンやメキシコ湾を渡るレゲエ、ブルックリンからウェストコーストを貫通するHIP HOP、雨の降るイギリスの街角から香港の摩天楼の上を踊るROCK、灰色のブリストルの地下から流れ出るDUB。

見た事の無い風景が小説の様に小節の上を彩っていく。

どこまでも旅は続いていく。


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