2017/05

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夏が非常に好きだ。
自身が夏生まれという事もあるだろうが、やはり季節の中で人間が一番活動的且つカオティックになるのは夏だと思う。
遊びに出かける選択肢が多いのも良い。
ここ数年、仕事の関係で神戸の花火大会を素晴らしい場所で見る機会に恵まれていたのだが、

今年は訳あって(レコーディング)花火を見る事も無く、その響き渡る雷鳴の様な美しき断末魔を遠くに聞きながら(レコーディングスタジオの比較的近くが淀川花火大会の会場)足早にコンビニエンスストアーで買った水で渇いた喉を潤した(歌録りだったので)。

メンバーの都合も合わず、珍しく一人きりで乗り込み、一心不乱に歌入れを行い、エンジニアさんと軽く談笑の後、帰路についた。

街は吐瀉物やゴミが散乱しており、それと同等の酔っ払い達、ホテル街へといそいそと向かうカップル、終電間際の雑踏と汗の匂いや肌の匂いが交差して何とも言えない気持ちになりながら駅へと向かった。

夏が好きだと言いながら歳を重ねると、いつも過ぎ去ってから夏を思い出したりして、「残像としての夏」を実感する事の方が多くなった気がする。
ある程度は遊びに行ったり、それこそ俗っぽくバーベキューなんぞもしたりするのだが、
やはり今でも鮮明に思い出せるのは、自転車を駆り、友人達と虫取りやバス釣りに出かけたり、謎の焦燥感でもってワクワクしたりドキドキしながら空振りに終わった淡い恋の記憶であったりする。
その時の、自転車で転けた傷口から溢れる鉄の匂いや、好きだったあの娘からふわりと香る石鹸と汗の匂いだったり、強い日差しの逆光で表情の見えない友が手を振っている景色だったりが非常に愛おしく感じるのだ。

一人きりの帰り際、センチメンタルにとらわれながら、日中太陽に絆された肌をそっとはだけさせているかの様に、しんと押し黙ったアスファルトの上の余熱を踏みつけると、
夏は皆んな開放的になるからこそ、その後の寂しさが浮き彫りになるのだなあ、故に俺はいつまでも戻らない夏に焦がれているのだなあ、と少し納得して曲の続きを書いてみたりした。


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